研究概要 |
心房細動(AF)は日常臨床で最もよく見かける不整脈であり、AFが持続すると、心房筋の不応期が短縮し電気生理学的特性が変化してAFがより持続しやすくなること(AF begets AF)が報告されており、AFの心房筋における不応期短縮等の電気生理学的特性の変化はelectrical remodelingと呼ばれている。近年、細胞内Ca2+ホメオスタシスの異常、特にCa2+ overloadが細胞膜の電気生理学的特性に変化をきたし、AFの発生、維持に関与すると報告されているが、その細胞内の分子生物学的な詳細なメカニズムは不明である。今回我々は、慢性AF患者の心房筋を用いて細胞内Ca2+動員機構の中心である筋小胞体(SR)のCa2+制御蛋白の変化を解析し、臨床データとの比較検討を行った。なお、本研究の実施にあたり、研究内容は山口大学医学部附属病院臨床研究審査委員会による審査、承認を得て行われた。【方法】対象は僧帽弁膜置換術中に得られた慢性AF患者(MVD+AF群、13例)および正常洞調律患者(MVD+NSR群、5例)の心房筋で、コントロールとして8例の冠動脈疾患NSR患者(C群)の右心房筋を用いた。SRのCa2+制御蛋白(ryanodine receptor=RyR、Ca2+-ATPase=SERCA、inostol 1,4,5-trisphosphate receptor=IP3R)の蛋白質および遺伝子発現量の解析を行った。加えてこれらの蛋白質、遺伝子発現量と臨床データの比較検討を行った。【結果】MVD+AF群では1)心房筋のRyR最大結合数(Bmax)はC群に比べ有意に低下しており、左心房筋のBmaxは右心房筋のそれに比べ有意に低下していた。2)左心房筋のBmaxは肺動脈楔入圧の上昇に伴い低値を示した。3)RyRおよびSERCA mRNA発現量は両心房筋において、C群に比べ有意に低下していた。4)IP3R蛋白質発現量は、MVD+NSR群に比べ有意に増加し、同時にMVD+NSR群ではC群に比べ有意に増加していた。またそのmRNA発現量は、C群に比べ有意に増加していた。5)IP3R蛋白質およびmRNAの発現量は右房圧、左房径と肺動脈楔入圧の上昇に伴い高値を示した。6)IP3Rの過剰発現を細胞質内および核膜上に認めた。【考案】以上の結果より、僧帽弁膜疾患による心房への機械的負荷は、RyR数及びRyRやSERCA遺伝子発現量の減少、IP3R発現量の増加を引き起こすことが示された。SERCAの減少は心筋細胞内Ca2+ overloadを引き起こし、そのためRyRの発現は障害され、またその代償反応としてIP3Rが増加し細胞内Ca2+ handlingに異常が生じ、心房筋の電気生理学的特性が変化してAFの発生、維持につながると考えられた。従来よりAFの発生、維持に心筋細胞膜の電気生理学的特性の異常や細胞内Ca2+ overloadが論じられてきたが、細胞内のCa2+ handlingやCa2+制御因子の変化を直接検討した報告は少ない。今回、我々はAF慢性患者の心房筋SRのCa2+制御蛋白の異常を報告するが、この結果は少なくともAF begets AFの一つの要因となりAFの発生、維持に関与しているものと考えられた。
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