TGF-βは造血細胞を含む多くの細胞の増殖を抑制する増殖抑制因子である。TGF-βのシグナルに異常が起こると細胞は自立性に増殖し、この結果、細胞のがん化につながる。TGF-βのシグナルは細胞表面のI型とII型の複合体よりなるセリン/スレオニン受容体によって受け取られ、Smadを介するシグナル伝達により核内に伝えられる。HTLV-1のトランスフォーミング蛋白TaxはこのTGF-βシグナルを負に制御した。すなわち、TaxはTGF-β刺激で活性化される標的遺伝子であるPAI-1やp15の転写を抑制するとともに、Mv1Lu細胞やIL-2依存性T細胞CTLL-2のTGF-βによる増殖停止を回避した。TaxはSmadとは結合できず、Taxの存在はSmad2とSmad4の結合、Smad3/Smad4の複合体のDNAへの結合能力に影響を与えなかった。TaxはKID様領域でp300/CBPと特異的に結合する。この領域に変異を加えたTax変異体はTGF-βのシグナル伝達を阻害できず、TaxとSmadとの間でp300/CBPを競合することがTaxによるTGF-βシグナル抑制の分子機構になっていると考えられた。 HTLV-1以外にも生体にがんを引き起こすウイルスが知られているが、HTLV-1と同じレトロウイルスであるHIV-1のTat蛋白やヘルペスウイルスであるEBウイルスのLMP-1蛋白もTax蛋白と同様にTGF-βシグナル伝達を抑制することを明らかにした。しかしながら、その分子機構はレトロウイルスとヘルペスウイルスで異なっていた。Tat蛋白はTax蛋白と同様にp300/CBPと結合し、これら共役因子をSmadと競合することがTGF-βシグナル伝達抑制の分子機構であった。一方、LMP-1の場合は、その生物活性(NF-kB活性化)を担う領域CTAR-1とCTAR-2がTGF-βシグナル伝達の抑制に重要であった。LMP-1自身はp300/CBPと結合できず、IkBαやIkBβの優性抑制変異体の導入により、LMP-1のTGF-βシグナル伝達の抑制は解除された。すなわち、LMP-1はNF-kB活性化を介して、TGF-βシグナル伝達を抑制することが明らかとなった。またCBP/p300発現プラスミドの導入は、LMP-1のTGF-βシグナル伝達の抑制を部分解除した。LMP-1はNF-kBを活性化し、NF-kBとSmadとの間でCBP/p300を競合することが、TGF-βシグナル抑制の分子機構であった。以上の結果より、発がんに関与するウイルスの戦略として、TGF-βシグナル伝達の抑制の重要性が明らかとなった。
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