本研究は腎糸球体のPKC-MAPK活性化に関連する細胞内情報伝達系に着眼することにより、糖尿病性腎症の発症機構を解明することを目的とした。まず糖尿病状態で認められるPKC活性上昇に対するtroglitazoneの効果を検討した。ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットでは腎糸球体でのdiacylglycerol(DAG)量の増加及びPKC活性の上昇が認められたが、それら代謝異常はtroglitazone投与により正常化した。同時に、糖尿病ラットに認められた糸球体過剰濾過や尿中アルブミン排泄量の増加及びTGF-β1、α1(IV)型コラーゲン、フィブロネクチン遺伝子発現の増強も、troglitazone投与により正常化した。さらに、これらPKC活性の制御が、ビタミンE及びtroglitazoneによるDAG kinaseの活性化によることを明らかにした。また、ビタミンE骨格を有さないインスリン感受性増強薬であるpioglitazoneが、DAG kinase活性を増強することにより、高血糖条件下にて培養したメサンギウム細胞及び糖尿病腎糸球体のPKC活性化を抑制することを見出した。 次いで、上記のビタミンE、troglitazone、及びpioglitazoneは抗酸化作用を有することが知られているため、酸化ストレスとDAG kinase活性との関連を検討した。培養メサンギウム細胞を、H2O2(10、50、100、100・M)30分の添加によりその濃度依存性にDAG kinase活性を抑制した。また、糖尿病腎糸球体において、酸化ストレスの亢進が生じていることも確認された。ラットDAG kinaseαの5'及び3'サイトに対するプライマーを作成し、ラット糸球体mRNAのRT-PCR産物を用いdegenerative PCR法にて増幅DNAを得、その増幅DNAをプローブとして、ラット腎cDNAライブラリーからコロニーハイブリダイゼーション法にて腎特異的DAG kinaseをクローニングしたところ、シークエンスはDAG kinaseαと一致した。 以上の結果から、糖尿病状態で認められるPKC活性化は、DAG kinase活性の制御により正常化すること、さらに、その活性を酸化ストレスが負に調節していることが明らかとなった。
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