研究概要 |
わが国において臓器移植法が施行されて4年以上がたつが,未だ脳死体からの臓器提供は年間数例にしかならず,脳死ドナー不足は極めて深刻である.臓器移植に宿命的に伴う虚血・再灌流障害を効率良く抑制できれば、循環動態の不安定なドナーや心停止ドナーなどからの肝移植が可能になると考えられ,ドナー不足におおいに貢献できる可能性がある.すでに我々はIL-1・TNFなどの炎症性サイトカインが過剰発現して惹起される炎症反応が虚血・再灌流障害の本態であると報告してきたが,この炎症性サイトカイン産生に至るのシグナル伝達系の上流に存在し,最近その存在がクローズアップされてきているのがMitogen Activated Protein Kinase(MAPK)である。MAPKとは外界刺激に応答して,真核細胞の運命決定ならびに機能制御を仲介する細胞内シグナル伝達の主要な構成要素で,アポトーシスに関与するといわれるc-Jun N-terminal kinase(JNK)、p38などが報告されている.われわれは,このなかの特にJNKが肝虚血再灌流障害で果たす役割について検討した.実験モデルとしては,Wistar系雄性ラット(200〜250g)を使用,30分間全肝虚血後に再灌流し,虚血前,再灌流前,再灌流後経時的に血清トランスアミナーゼ,生体蛍光顕微鏡による肝微小循環の観察,肝組織中のTNF-α(ELISA法)JNKの発現(kinase assay法)を測定した.再灌流後のHE染色による肝組織病理所見では,広範囲な肝細胞壊死を認め,血清ASTは虚血前の約11倍に上昇した.この時の生体蛍光顕微鏡による観察では,propidium iodide陽性の死滅細胞が傷害肝組織内に多数に認められ,carboxyfluorescein diacetate succinimidyl esterで白血球を標式した微小循環の観察では,著明な白血球血管内皮相互反応の増加を認めた.また,再灌流後60分の肝組織中TNF-αは虚血前の約5倍に,さらにJNKは約12倍の上昇を認めた.以上の事から,肝虚血再灌流障害において,従来示してきたTNF-αなどの炎症性サイトカインばかりでなく,そのシグナル伝達系上流に位置するMAPKも虚血再灌流障害の初期において何らかの役割を果たしている可能性が示唆された.
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