高濃度局所麻酔薬による非特異的な細胞膜可溶化が不可逆的神経障害の機序のひとつであると我々は提唱している。この考えのもとに、前年度行った実験を更に発展させた。 1)電流知覚閾値(CPT)を用いた局所麻酔薬による神経障害の評価 前年度に使用したラットは29Gのカテーテルをくも膜下腔に挿入していたが、今年度は更に細い31Gカテーテルを用いて脊椎麻酔モデルラットを作成した。より細いカテーテルを用いることでカテーテル挿入に伴う神経損傷を少なくすることができた。今年度はジブカインを用いて昨年と同様の実験を行った。その結果、ジブカインの神経障害発現濃度は0.5%以上の濃度で生じ、CPT測定によってその障害は濃度依存性に増大することが明確に定量化できた。この濃度はジブカインが水溶液中で分子会合体を形成する濃度と一致した。 2)今年度新たに、局所麻酔薬による可溶化現象を赤血球の変形や溶血現象としてモデル化できるか否かを評価した。人赤血球液と各濃度のリドカイン、ジブカインを混合し、上澄み液のヘモグロビン濃度を測定することで溶血する濃度を求めた。その結果、リドカイン、ジブカインが溶血を起こす濃度は、共に我々が既に求めている2つの局所麻酔薬の分子会合濃度に一致した。このことから、高濃度の局所麻酔薬によって起こる神経障害は、細胞膜が可溶化されることによって生じることが証明された。また、赤血球溶血の実験系は局所麻酔薬による神経障害をスクリーニングする簡便でかつ信頼性の高い系であることが示された。 3)今年度から本邦で臨床使用されたロピバカインについても先の実験を行った。ラットを用いた実験は、これから行う予定であるが水溶液中の分子会合濃度および赤血球溶血実験から、ロピバカインの神経障害発現濃度は0.75%から1%程であることが予想される。この濃度はプピバカインと同等であり、従来言われているほどロピバカインの安全域は広くない可能性がある。
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