近年、mild hypothermiaが脳虚血に対して有効であることが動物実験で確認されてから、救急・集中治療領域において、脳損傷の急性期治療に行われ始め、着実に治療成績を上げている。低体温療法には、脳内熱貯留の防止や脳内興奮性神経伝達物質の放出抑制、さらに遅発性神経細胞死などの機序を通して脳神経細胞に対し保護的に作用し、全身に対しては体血圧と全身酸素代謝の安定化をはかり、二次的神経細胞死を抑える効果があるとされている。この低体温療法を、脳損傷ではなくARDSの患者に応用し全身の酸素化と救命率を向上させたという報告が少数ではあるが散見され、我々も急性肺損傷の動物実験において体温が低い場合には損傷の程度が比較的軽い印象を受けている。しかしながらその機序について、文献的には全身の酸素需要と二酸化炭素産生の減少に言及しているのみであり、組織学的または生化学的レベルでの検討は皆無に等しい。これらの問題に対し本研究では、まずラットで酸の誤嚥による急性肺損傷モデルを作成し、その後常温群と低体温群に分けて人工呼吸管理を行い、その時の肺の形態学的特徴を特に好中球と血管内皮細胞間の接着分子(ICAM-1)に着目し、免疫組織化学的手法を中心として、低体温の影響を明らかにすることとした。 これまでに判明している結果として、(1)動脈血中酸素分圧に関して、塩酸を誤嚥させた後、常温群低体温群ともに30分から1時間では値が低下するが低体温群では6時間目までには前値と有意差がないほどに回復している、(2)ICAM-1に関しては免疫染色、western blotによる蛋白量の比較ともに、6時間目において低体温群では有意に発現が低下しているという2つの結果が得られ、急性肺損傷には人為的低体温は有効であるという印象を受けている。
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