以前、全身麻酔薬として最も使用頻度の高かった揮発性吸入麻酔薬のハロタン(HAL)は、電気生理学的に用量依存性に中枢神経の背景電気活動と疼痛刺激に対する反応性を抑制するものであった。しかし、その後に臨床使用されるようになったエンフルラン(ENF)、イソフルラン(ISO)、セボフルラン(SEV)は背景電気活動を抑制するが、疼痛刺激に対する反応性はむしろ増強することが知られている。臨床においても、HALは単独で十分な麻酔深度が得られたが、ENF、ISO、SEVは鎮痛薬などの併用を必要とすることが多い。本研究の目的は、これら吸入麻酔薬の差が脊髄レベルにおける鎮痛作用に関与するものか否かを明らかにすることである。 雄のSprague-Dawley系ラット(24匹)を用い、5%ホルマリン100μlを左足底に皮下注射したのち、純酸素下に放置した対照群(n=6)、1.5MAC ENF、ISO、SEVをそれぞれ3時間吸入させて維持した群(それぞれn=6)の4群に分けた。灌流固定した腰髄の凍結切片を免疫組織化学染色し、後角のc-Fos陽性細胞数を計測した。 ENF、ISO、SEV群の第3および4腰髄後角のc-Fos陽性細胞数は、対照群のそれぞれ40〜50%と有意に少なかった(p<0.05)。各群間には有意差はなかった。 われわれが行ったHALでの同様な研究においては、今回と同様の結果が得られている。これらのことから、ホルマリン疼痛刺激に対する脊髄二次ニューロンでのc-Fos発現抑制作用には、各種吸入麻酔薬間で差がないことが明らかとなった。大脳レベルの電気生理学的な研究結果で明らかにされている4種の吸入麻酔薬の差は、脊髄レベルにおける疼痛刺激の伝播に対する作用の差ではなく、他の機構が関与するものであることが示唆された。
|