特発性末梢性顔面神経麻痺の病因は未だ十分に解明されていないが、その神経病態は側頭骨内での顔面神経の微小循環の障害が関与していることは明らかである。しかし、虚血発生のメカニズムなどの詳細には不明な部分が多い。ところが、臨床的には多くのベル麻痺患者で患側の頭頸部に交感神経系刺激状態を推測させる疼痛や肩凝り様の症状がみられる。そこで、実験的に交感神経系の緊張状態を作製すべく、頸部交感神経幹を電気刺激したところ、総頸動脈血流量および顔面神経の組織血流量に著明な減少をみた。この結果から頭頸部の交感神経系の過緊張状態は顔面神経の微小循環を障害させる可能性が強く示唆された。一方、急性期ベル麻痺症例に対する星状神経節ブロック(SGB)の施行は総頸動脈および外頸動脈血流量を著明に増加させた。さらに、実験的SGBは総頸動脈血流量のみならず顔面神経組織血流量も著しく増加させた。そこで、臨床と同様に交感神経の過緊張下でのSGBの作用を検討すべく、頸部交感神経幹の電気刺激下に実験的SGBを行ったところ、電気刺激により減少していた総頸動脈血流量と顔面神経組織血流量は刺激前のレベルまで増加した。さらに、低換気により動脈血中の炭酸ガス分圧を上昇させ、それに伴う交感神経の緊張状態を作製し、実験的SGBの影響をみたところ、高炭酸ガス血症によって顔面神経の組織血流量は減少したが、実験的SGBでは著明な変化を示さなかった。この結果から中枢性の機序による交感神経機能の亢進によっても顔面神経の微小循環は障害されるが、こうした状態での頸部交感神経幹の遮断は顔面神経の微小循環に影響を及ぼさないと推測された。さらに、薬物療法を検討すべく、末梢循環改善薬のプロスタグランディンE1投与の影響をみたところ、単回投与および持続投与のいずれにおいても総頚動脈血流量は一時的に増加するが、顔面神経組織血流量の増加は一過性でしかも極めて軽度のみであった。この結果から、薬物療法によって図れる顔面神経の末梢循環改善は軽度のみと推測された。
|