研究概要 |
腸球菌性尿路バイオフィルム形成がもたらす有熱性尿路感染症および院内感染症の諸問題に対処するための方策を検討することを目的として本研究を遂行している。本年度の主要な研究計画は,複雑性尿路感染症から分離される腸球菌について病原性因子や薬剤耐性遺伝子に着目して分子疫学的・分子生物学的研究を行うことであった。高頻度伝達プラスミド保有腸球菌は,フェロモン(アミノ酸7-8のペプチド)に反応して菌体表面に凝集物質を被うことが報告されている(asa1遺伝子の発現)。尿路での腸球菌性バイオフィルムの形成に関与すると考えられる凝集物質の発現メカニズムを解明することが本研究課題の根幹にある。岡山大学医学部泌尿器科教室に保存されているEnterococcus faecalis(1990年〜2000年の11年間に分離された538株)に関して,現在までに得られた研究成果を以下に報告する。PCR法によりスクリーニングした結果,asa1保有株は538株中439株(81.6%)と高率に分離された。ヘモリジン産生遺伝子(cylA)およびアミノ配糖体耐性遺伝子[aph(3')-III,aac(6')-aph(2")]についても保有状況をスクリーニングして,asa1保有の有無との関係を検討した。asa1保有株439株のうちcylA,aph(3')-III,aac(6')-aph(2")遺伝子のいずれかを保有していた株は330株(75%)であったのに対して,asa1非保有株99株のうち13株(13%)のみがいずれかを保有していた。年次的に検討すると病原性因子あるいは薬剤耐性遺伝子を保有する株が明かに増加傾向にあった。asa1,cylA,aph(3')-III,aac(6')-aph(2")の全遺伝子を保有している株について,asa1遺伝子をシークエンスした結果,既に報告されている高頻度伝達プラスミド上のasa1遺伝子と高い相同性を示した。これらの病原性因子および薬剤耐性遺伝子が,10^<-3>程度の高い頻度で腸球菌間を伝達することを確認した。E.faecalisは人を含めた環境内で遺伝情報のダイナミックな交換を行っていることが示唆され,尿路ではasa1保有E.faecalisがその中心的な役割を担っている可能性が高い。
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