研究概要 |
尿路感染症の起炎菌としては弱毒性と考えられている腸球菌が,尿路で薬剤耐性または病原性遺伝子を獲得し交差感染の原因となれば,重症腸球菌感染症の起炎菌になりうるという観点からの研究を進めてきた。本研究は,腸球菌性尿路バイオフィルム形成がもたらす有熱性尿路感染症および院内感染症の諸問題に対処するための方策を検討することを目的としたが,研究の進展にともない,黄色ブドウ球菌についても同様のアプローチでの検討を進めることが重要であると認識した。 岡山大学泌尿器科で複雑性尿路感染症から分離された腸球菌(1991年以降の約350株)について,アミノ配糖体耐性遺伝子(aac(6')-aph(2"),aph(3')-III),病原性・付着・凝集・バイオフィルム形成に関与する遺伝子(asal, esp, cylA, gelE)に着目して分子疫学的検討を行った。asal遺伝子を中心とする各遺伝子保有率の検討および接合伝達実験を行った結果,asal遺伝子保有E.faecalisが遺伝情報交換の中心的役割を担っていることが示唆された。臨床的背景との関連性を年次的に検討した結果,発熱の有無と各遺伝子の保有状況に明らかな関連性はなかったが,カテーテル留置症例および複数菌分離症例においてasalもしくはespを保有する株の分離率が有意に高くなっており,尿路における腸球菌性バイオフィルム形成に関してasalおよびespが重要な役割を担っていることが示唆された。黄色ブドウ球菌(1990年以降の約150株)は,薬剤耐性遺伝子(mecA, aac(6')-aph(2"),aph(3')-III, ant(4')-I),病原性・付着・凝集・バイオフィルム形成に関与する遺伝子(tst, sec, sea, seb, fnbA, fnbB, clfAa, cna, ica)を検討した。病原性に関与する各遺伝子の保有状況と臨床的背景との関連性を検討した結果,toxic shock syndrome toxin 1およびenterotoxin C(スーパー抗原)産生遺伝子,tstとsecの両遺伝子保有株が分離された症例において,有熱症例が有意に高い頻度で認められた。さらにMRSAの付着ないしバイオフィルム形成に関与する各遺伝子の保有状況と臨床的背景との関連性を年次的に検討した結果,近年尿路感染症から分離されるMRSAの付着・定着性に変化が生じている可能性と発症に関連する他因子の存在が示唆された。
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