アミノ配糖体耳毒性の研究において、長年にわたり使用されてきた実験動物はモルモットである。外科的手技の容易さに加え、アミノ配糖体や音響外傷に対して感受性が高いこともその理由である。ただ近年の分子生物学のめざましい発展により、遺伝的なバックグラウンドが良く分かっていないモルモットの使用はデータ解析の段階での障害が多くなっている。例えば遺伝子組み換え動物はマウスが良く用いられる。アミノ配糖体の内耳障害はイオン輸送障害との関連すると言われている。このため今回まず予備的な実験として、ナトリウムチャンネル異常とNHE(ナトリウム・プロトンエクスチェンジャー)異常のマウスを検討した。光学顕微鏡レベルで正常と遺伝子異常動物の蝸牛構造を比較したが、明らかな差異は認められなかった。2番目の実験として、サンプル間での遺伝子発現の差異を検出する有力な方法として最近開発されたマイクロアレイ法を用いた。これは一種の遺伝子発現プロファイリングである。成熟マウスはアミノ配糖体に対する感受性がモルモットなどに比べて低いことが知られている。このため今回実験動物として比較的感受性が高いと言われるBALB系マウスを使用し、薬剤投与を1日2回とした。このマウスに1日2回600mg kanamycin/kgを15日間連続皮下投与した。生理的食塩水を同期間投与したものをコントロールとした。投与後1週間後、断頭し蝸牛を採取した。それぞれの蝸牛(実験群、対照群)を10匹分凍結し、セシウム超遠心法にてRNAを精製した。RNAよりcDNAプローブを作成、ナイロン膜上にブロットした1000個程度の遺伝子とハイブリダイズさせ発色の程度を比較検討した。また一部の動物は形態的に検討した。 結果として、アミノ配糖体投与後、蝸牛において発現量の増す遺伝子としてBasic helix-loop-helix構造を持つ中枢神経において特異的に発現している転写制御因子Neuronal PAS 2ならびにEGFが見いだされた。前者は記憶や体内時計と関連がある転写制御因子で、後者は正常組織や癌の生育に関係のある因子であり興味深い結果と思われる。また、形態学的検討でも有毛細胞傷害が確認できた。
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