ヒトの水晶体上皮細胞(Lens epithelial cell : LEC)は、ほぼ一生涯にわたって水晶体嚢(カプセル)の赤道部付近で水晶体線維細胞へ分化する能力を保持している。そして水晶体線維細胞へ分化した細胞は、伸長してやがて核は消失するが、細胞の透明性は維持されたまま、既存の水晶体を包み込むようになる。この核が消失するという所見は、アポトーシス様の一形態と考えることができるが水晶体線維細胞は死滅するわけではなく、LECに特有の細胞分化と見ることもできる。今年度はこのLECの分化におけるアポトーシスシグナルの発現の有無について検討した。 水晶体全摘手術により採取することができた透明水晶体を我々の開発した固定法で固定し、パラフィン連続切片を作成し、DNAの断片化を検出するTUNEL法、およびアポトーシスやProgram cell death(PCD)を起こしたことにより1本鎖となったDNAを検出するssDNA抗体やアポトーシスシグナル関連抗体(TNF-R1、TNF-R2、DR-4、DR-5、FAS)について免疫組織化学染色を行い検討したところ、TUNEL法とssDNAは赤道増殖部のLECを中心に強い陽性反応があり、水晶体線維細胞へ分化していく過程の核も陽性であった。アポトーシスシグナル関連抗原においては現在までのところ、TNF-R1とDR-5の発現が観察された。 白内障がみとめられた水晶体のLECからm-RNAを抽出し、TNF、TNF-R、FASに対するプライマーを作成してRT-PCRを行ったところ、TNF-Rのm-RNAが検出された。 培養したLECを用いてアポトーシスを誘導するリガンドとその受容体はRT-PCRを用いてFas-Fas抗原、TNFR-TNF、DR4、DR5-TRAILについて検討したところ、TNFR-TNF、DR5-TRAILの発現をみとめた。 全てのLECがアポトーシスを誘導するリガンドと受容体を常に発現しているわけではなく、水晶体の部位や細胞の状態によってアポトーシスシグナルの発現が調節されていることが示唆された。
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