鯨類のエナメル質構造の多様性とアメロジェニン遺伝子との関連、さらにはヒゲクジラ類における本遺伝子の保存性、これらを明らかにする目的で鯨類11種を対象にPCR法により、遺伝子の主要部位であるエクソン5からエクソン6のクローンニングとシークエンスを行った。結果として、用いたすべての種類において増幅産物が得られ、シークエンスの結果アメロジェニン遺伝子と同定した。したがって、ヒゲクジラ類における本遺伝子の保存性が確認され、これらは歯を失って地質学的年代を経た後も本類のゲノムDNA内に保存されていることが証明された。ついで、アメロジェニン蛋白の70%をコードしている主要部位であるエクソン6を観察すると、本部位はミンククジラを除くすべての種類において363塩基からなり、互いに95%前後の高い相同性を示した。なお、このエクソン6の塩基数すなわち長さは、これまで知られているいずれの脊椎動物のものより短く、鯨類の遺伝子・構造を特徴づけている。また、ミンククジラの本部位も他の種類と高い相同性を示し、基本的には363塩基からなっていたものと推察されるが、中央部で4個さらに下流部位において一個の計5個の塩基欠失が認められ、顕著なフレームシフトが生じてアメロジェニン蛋白のアミノ酸配列にはならない。さらに、イシイルカ、スナメリおよびアカボウクジラにおいてはエクソン6中央部に停止コドンが存在し、正常な蛋白合成が行われていない可能性がある。これらの種類のエナメル質は、石灰化不全や減形成の症状を呈することが明らかにされていることから、この遺伝子の変異が鯨類のエナメル質構造の多様性の一因になっているものと思われる。なお、本研究はアメロジェニン遺伝子のイントロン5の配列が、鯨類のみならず他の哺乳類との遺伝的距離を推定する有効な指標となることを同時に明らかにし、今後の研究の発展性を導いた。
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