本研究の目的は、直接口腔内に露出していない金属から溶出した金属イオンがどの程度歯質を透過するのかを検索し、臨床における金属アレルギー治療の指針とすることであった。当初は、もし金属イオンが歯質を透過するとしたら、歯根膜細胞や歯髄細胞に抗原提示能があるか否かを検索することも目的としていたが、後述するように金属イオンの歯質透過性は低いことが判明したので、これを重点的に検索した結果、抗原提示能の検索には至らなかった。 実験はまず、治療歴がはっきりしており、何らかの理由で抜去に至った歯牙で、金属ポストによる修復がなされているものを、EPMAによって分析することで、ポストからの金属イオンの溶出を検索した。次に、矯正的な理由で抜去された下顎小臼歯を用いて、各種条件の下で実験を行い、ポストから溶出した金属イオンがどの程度歯質に滲入するかを検索した。 その結果、全体として銀イオンに関しては、象牙質に700μm程度滲入している状況が検出されたが、銅イオンやパラジウムイオンに関しては、象牙質表層のごくわずかの領域を除いてほとんど検出されなかった。銀イオンの象牙質への浸透性は一番高いと考えられる。確かに現段階で、鋳造金属ポストから溶出した金属イオンが歯根表面に到達しないと結論付けることはできない。しかし、少なくともポストから300μm離れた象牙質中では溶出した金属イオンの量がかなり少なく、特に銅イオンやパラジウムイオンに関しては現在の技術では検出することはできないことを考えると、口腔内に露出していない金属を除去するか否かの判断に迷う場合には、そのアレルゲンとしての可能性が非常に低いとの判断で決定しても差し支えないと言えるのではなかろうか。現在のところ、銀イオンに対するアレルギーはきわめて稀である。
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