ミカン科小高木ゲッキツはアジアの熱帯、亜熱帯で広く分布する薬用植物であるが、その用途はそれぞれの地域で多様である。当研究者はこの用途の多様性は、基原植物ゲッキツの多様な形質、すなわち形態的ならびに化学的多様性に基づくと推定し、ゲッキツの形態的多様性および化学的多様性を包括的に明らかにするため当該研究を行った。まず、前者については、フィリピン国立博物館、ボゴール植物標本館、さらに南西諸島におけるフィールド調査で採集したゲッキツ標本について詳細な形態学的考察を行った結果、小葉と果実の形態から南西諸島から台湾、中国南部に産するものをMurraya exoticaとして区別できること、また台湾蘭嶼に特産するとされた変種var. omphalocarpaはフィリピン以南に分布するものと区別できないことが明らかとなり、これを従来のM. paniculataとするのが適当であることがわかった。化学分類学的観点から、フィリピン産ゲッキツ葉について成分研究を行った結果、フィリピン産ゲッキツはvar. omphalocarpaと化学的に相同であることが分かった。これまでにゲッキツの名の下で報告されたプレニルクマリンの化学的多様性について包括的に解析した結果、化学系統的にsibiricin、gleinadiene epoxide、meranzin、phebalosinのいずれかのエポキシド前駆体に由来することがわかり、それぞれのグループに属するものをA_1、A_2、B_1、B_2タイプと命名した。これによれば、南西諸島から台湾、中国南部に産するものはB_1B_2型、フィリピン以南に産するものはAB_2型と明瞭に区別され、形態分類学検討の結果とよく一致する。また、インドネシアティモール島に産する特産変種var. zollingeriはB_2型クマリンのみを含み、形態的形質同様に化学的形質も特異であることがわかった。他にゲッキツの化学的多様性とその用途の多様性との相関を明らかにするため、約70種の成分の生物活性についても検討し、民族生薬学的観点から考察した。
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