壁画顔料の分析は、美術史的研究としての意義ばかりでなく、文化財保存の観点からも重要であるが、通常はサンブリングは許されず、非破壊分析であることが要求される.文化財試料の非破壊分析法としては、蛍光X線分析が良く知られているが、これを行うためには通常は電源が必要である.しかし、一般に古墳壁画のような場合には電源が得られない環境が多く、本研究では、バッテリーを用いて顔料を非破壊分析する方法を開発することを試みた。 本研究では、従来から知られていた、低レベル放射線を用いた簡易元素分析法に基づき、その装置をバッテリーで駆動させることを試みた.その結果、全体がカメラバッグ一つに収まる大きさで、バッテリーまで含めて4kg未満という軽量の装置により、元素分析が可能となった。つまり、一人の人間が片手で持ち運べる装置で、電源のない場所でも対象に全く触れることなく、その場で元素情報を得ることが可能となったことになる。 この方法を用いることにより、各地の壁画および絵画において、顔料分析を実行した。例えば函館市に残る近世〜近代絵画を分析することにより、函館の開港に伴って輸入顔料が普及した状況を明らかにした。また、出雲池方の壁画を調べることにより、白土下地ではなく胡粉下地が用いられた、特別な壁画が存在することを明らかにした。さらに、熊本県下の装飾古墳を調べることにより、従来は混乱して用いられていた「緑」と「青」の顔料を、異なる二種類の顔料として分類することに成功した。 今回確立されたこの方法を用いることにより、今までは分析できなかったような様々な文化財試料において分析を行うことが可能になったと考えられ、今後の文化財研究に寄与する部分が大であると期待される。
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