幼児は、1歳から3歳の頃に言語表現と同様にscribbleのような描画表現を始める。しかし、知的写実期から視覚的写実期への描画の質的転換期(おおよそ9歳から10歳)の頃から表現意欲の低下傾向が発現する。いわゆる「9、10歳の節」と呼ばれる現象である。 この研究の目的は、なぜ子どもが10歳頃に描く意欲を無くしてしまうのかを明らかにすることにある。また、描くことに意欲を無くした子どもたちが、なぜコンピュータを用いた描画に対して意欲を示すのかについても検討した。 この研究では、プロトコル分析という認知科学の研究方法を用いた。描いている最中に考えていることを言葉に出す発話思考法を採用した。その結果、子どもが意欲を無くすのは、「想像して描く」ことではなく「対象を見て描く」ことであることがわかった。特に、描くことが出来なくなった子どもたちは、口、目、鼻などのプロトタイプを多く含む人物の顔を描くことを嫌がる傾向がある。 また描くことに意欲を無くす子どもたちは、表現の過程や出来上がった作品に対して他人が発した言葉を具体的に記憶していることが認められた。 9歳から10歳の頃だけでなく、13歳頃にも表現意欲の低下傾向が認められたのは、小学校と中学校の美術教育の内容の差異によるのではながろうか。 また、描くことに対して意欲を失った子どもが、コンピュータで描くことに対しては、表現する意欲を示した。この理由は、思い通りに描けなかった場合もすぐにやり直しができるためである。 コンピュータで描くことをきっかけにして描画表現意欲を回復出来る可能性を今後は検討する必要がある。
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