研究概要 |
不確実な情報・知識のもとでの意思決定を扱う理論としては,統計的決定論などの規範的な決定論が知られている。これらの理論では,生起可能な状態集合,代替案がもたらす利得・損失,状態生起確率を既知情報とし,期待損失を最小にする代替案の選択が考察される。近年のいくつかの研究により,航空機の衝突防止警報発出時のように情報や時間資源に強い制約があるときは,代替案の効用比較は不完全なものとなり,状況認知が意思決定において主導的役割を果たすことが明らかになっているが,従来の規範的決定論では,この現象を矛盾なく表現することはできない。 そこで本年度は,航空機の離陸中断・継続決定問題,巡航中の異常発生による緊急着陸空港選定問題などを取り上げ,規範的決定論に基づく定式化の問題点を明らかにするとともに,認知に誘導される心的決定過程を記述した。さらに摂動解析的手法により,決定問題に規範性と認知主導性が共存することを示し,両者間での遷移条件を解析した。 また,航空機のエンジン計器統合情報表示装置,対地接近警報装置,航空機衝突防止装置が発する警報の真偽が直ちには判断できないときの最適決定方策を解析した。その結果,「警報の真偽を自らは判断できないとき,その警報を信じる」方策は一見安全であるように見えるが,実は必ずしも安全確保に適した方策でないことを証明した。 さらに,情報獲得・解析・意思決定に許される時間に制約があるときを対象とし,動的に入手される不完全情報に基づく信念更新過程を,被験者を用いた証拠理論的実験から抽出した。得られた信念構造を再現できる情報更新規則の導出過程で,多くの被験者が用いられたと見られる心的情報更新規則には,すでに構築した信念構造への「慣性」があることを明らかにした。これは,情報更新規則に関する今後の研究の方向付けに一定の示唆を与えるものといえる。
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