研究期間中に以下の3つの問題について研究を行い、下記の結果が得られた。 (1)二方向重畳広視野運動刺激に対する運動残効知覚とその脳内神経機構の解析 二方向重畳広視野運動刺激を順応刺激として与えた後静止パターンを呈示すると、重畳運動の統合方向に運動残効が知覚された。重畳運動を構成する二つの運動の一方の速度を他方より遅くすると遅い運動の逆方向に運動残効が現われた。ニホンザルMST野の方向選択性細胞に対し、順応刺激前後における自発放電レベルを比較したところ、順応刺激後の自発発火レベルは約25%減少した。この結果はMST野細胞の自発放電レベルと広視野運動残効知覚との直接対応を支持している。 (2)二方向重畳運動刺激パターンに対するニホンザル視覚連合野(MST野)における方向選択性細胞の反応解析 運動方向が90゜もしくは120゜異なる二つの運動成分からなる重畳刺激に対する反応から、MST野の方向選択性細胞には重畳運動パターンを構成する一方の運動成分のみを検出するコンポーネント細胞と重畳刺激の統合運動方向を検出する統合細胞とが存在することが明らかになった。両者は、それぞれ刺激パターンの特性を反映した運動情報表現に関与しており、通常はどちらかの表現が選択されるものと考えられる。 (3)二方向重畳広視野運動刺激に対するヒトの知覚特性の解析 被験者に短時間広視野運動刺激パターンを呈示して方向認知特性を調べると、テスト刺激のスピードによらず、一方向運動パターンに比べて二方向重畳運動パターンの方が、方向認知に必要な呈示時間が長くなった。また、呈示時間(約30〜100ミリ秒)では全試行の約60%で二方向の運動が認知されたが、約10%では一方向すなわち重畳刺激の統合方向の運動が知覚された。 (1)(2)(3)の結果を総合すると、二方向重畳刺激に対する知覚ならびに運動残効の知覚特性は、MST野細胞群による二つの情報表現と両者の一方を選択する機構によって説明できると考えられる。
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