電離層は、1)境界の影響を無視できる、2)閉じ込めの極めて良い、巨大な(天然の)プラズマの実験室である。このプラズマを、強力な(実効電力100MW級)、短波域(3-10MHz)の電波で10分間以上にわたり照射する"能動電離圏実験"では、(高度範囲が数十kmの)大規模な、密度変調が50%近くにも達する低密度の"穴"が電波の反射層域に発現する現象が観測されることがある。反射層付近のプラズマが、入射電波によりオーム加熱され、プラズマ圧が上昇し、その領域から粒子が排除された、という過程で大雑把に説明できることから、この巨大な低密度の穴を"熱性キャビトン"と呼んでいる。 本年度は、米国領プエルトリコのアレシボ電波天文台で最近実施した能動電離圏実験で観測された熱性キャビトンに関する新データの解析を主に行った。その結果、1)反射層域で電子温度が加熱前の5倍程度に上昇すること、2)熱性キャビトン内で強いイオン波乱流が生じている兆候があること、3)熱性キャビトンは磁力線に沿ってゆっくりと移動することがあること、等が判明した。投入された電波のエネルギーに鑑み、生成された熱性キャビトンはしばしば巨大にすぎ、一見エネルギーの収支が合わない。この問題を解決するため、初期プラズマ中の弱い密度変調が入射電波を捉え、一種のセルフ・フォーカシング現象が生じたとする効果を電離層プラズマの熱・粒子輸送モデルに導入する作業を行っており、モデルの数値解析を通して現象をどこまで再現できるか追求して行く計画である。能動電離圏実験の際生じるプラズマ乱流を模擬する室内実験で、初期に励起されたラングミュア乱流からイオン波、低域混成波などの低周波モードが派生することを観測した。熱性キャビトン生成・消滅に対するこれらの影響は現段階では未知数であり、研究を続行している。
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