研究概要 |
目的 モンテカルロシミュレーションによって得られる分子レベルの放射線飛跡構造は放射線影響研究に大きく貢献している.低エネルギー陽子とα粒子について,電荷交換過程と核弾性散乱を取り入れた新世代の重イオン飛跡生成コードを開発した. 方法 0.3MeVu^<-1>以下のエネルギーではH^+やHe^<2+>のような裸のイオンとともに,電子捕獲によってH^0あるいはHe^+,He^0のイオンまたは中性原子が共存している.したがってシミュレーションにおいてはこれらすべての粒子に対する電離・励起・電荷交換・核弾性散乱の断面積が必要になる.水分子について可能な限り実験的・理論的断面積をコンパイルし,入力データに用いた.二次電子は自作の電子コードKurbucによって追跡した.生成された飛跡データより,さまざまな物理量を導くことができ,他のデータと比較してコードの信頼性を確かめた. 結果 衝突阻止能,核阻止能,飛程,W値の計算値は10%以内の精度でICRUデータと一致した.さらにマイクロドシメトリにおいて重要なパラメータである動径線量分布,制限阻止能,イベントサイズ分布,リニアルエネルギー分布なども飛跡データを解析することによって得られた.いずれも公表されたデータとのよい一致を示した. 考察と結論 新たに開発した低エネルギー陽子コードlephistと低エネルギーα粒子コードleahistは,従来の"track segment code"と異なり,世界的にも初めての"full slowing down code"であり,飛跡構造研究におけるインパクトは大きい.有効エネルギー範囲は陽子が1keV-lMeV,α粒子が1keV-8MeVであるため,とりわけ中性子や環境中あるいは宇宙での重粒子の生物影響メカニズム研究への応用が期待される.物理的段階で生成されたH_2O^+,H_2O^*, e^-は直ちに水分子との化学反応を起こし,その結果OH,H,e_<aq>^-などのラジカルが形成される.今後の課題は放射線化学過程(ラジカルの拡散や反応)を時間の関数として記述する包括的飛跡構造コードの開発である.
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