トリブチル錫の多様な細胞毒性の一端を明らかにする目的で、ラット脳神経細胞および胸腺細胞を用いて実験を行い、下記の結果を得た。(トリブチル錫が細胞内Caイオン濃度を上昇させる点に留意すること) 1.トリブチル錫は30-100nMという環境中の生物(貝類などの軟体動物)が蓄積している濃度で、哺乳動物(ラット)脳視床下部神経細胞間のGABA神経伝達を増強させた。この増強は細胞外Caイオンを除外することで消滅するので、トリブチル錫が神経終末のCaイオン透過性を亢進させて、細胞内Caイオン濃度を高め、それがGABAの遊離を促進していると考えられた。さらに、トリブチル錫の濃度(300nM以上)を上昇させると神経細胞死を起こさせた。これらの実験結果から、野生生物に蓄積している濃度のトリブチル錫が食物連鎖を介して、海性動物のみならず、陸上動物にも影響を与える可能性が示唆された。 2.トリブチル錫の胸腺細胞に対する細胞毒性は細胞外のCaイオン濃度を低下させると著しく増強し、上昇させると若干軽減した。しかし、細胞外Caイオン濃度が高いほど、トリブチル錫が細胞をアポトーシスのプロセスに進める比率は高くなった。ところが、CaイオノフォアのA23187により細胞内Caイオン濃度を上昇させると、細胞死に至るプロセスの一部に遅延が観察された。このように、Caイオンはトリブチル錫の細胞毒性において促進・抑制の相反する作用を有していることが示唆された。
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