環境化学物質に由来する神経毒性を簡易に評価しうる系の開発を目指して、特に神経細胞の分化・発生過程に着目して検討を行った。神経発生毒性の一次スクリーニング系としては、ヒト神経芽細胞腫NB-1細胞における神経突起伸展度をコンピュータ画像解析することによる評価と、バイオマーカーとして神経細胞に特異的に発現し成長円錐に濃縮されている蛋白質(440kD ankyrin_B等)の発現量を免疫化学的に定量することによる評価系を、組み合わせて用いた。一次スクリーニングで陽性であった物質については、二次スクリーニング系として、より実際の神経組織に近い小脳スライスを用いた器官培養系における神経細胞の移動を指標とした評価系を用いた。環境での汚染が問題となっている化学物質を対象に一次スクリーニングを行ったところ、多くの化学物質がNB-1細胞における神経突起伸展度に影響を及ぼし(試験した化学物質の1割以上)、神経突起伸展を抑制する物質よりも促進する物質の方が遙かに多かった。代表的なものでは、水俣病の原因物質であるメチル水銀が細胞生存率に影響しない濃度で神経突起伸展を著しく抑制したのに対し、イタイイタイ病の原因物質であるカドミウム、プラスチック可塑剤であるフタル酸エステル類は神経突起伸展を著しく促進した。メチル水銀について、ラット小脳スライスを用いた器官培養系での顆粒神経細胞移動度を指標とした評価試験を実施したところ、顆粒神経細胞の外顆粒層から内顆粒層への移動が著しく抑制された。またメチル水銀とカドミウムについて、その作用機構を分子レベルで解析するため、遺伝子発現に対する影響をdifferentiaI display法などを用いて解析し、数種の関連遺伝子候補を同定した。これらのスクリーニング系を併せ用いることにより、特に発生段階の脳神経系に対する環境化学物質の影響の簡易評価への道が開かれると期待される。
|