自家不和合性は、雌しべが自己と非自己の花粉を認識し非自己花粉でのみ受精する性質である。本研究の目的は、バラ科ニホンナシを対象に、配偶体型自家不和合性に関与している雌しべ側・花粉側因子を同定し、自家不和合性の分子機構を明らかにすることである。平成12年から14年までの3年間で、雌しべ側因子であるS3-RNaseの1.5Å分解能の立体構造をX線結晶構造解析により明らかにした。この立体構造より、花粉側因子との認識に関与している領域を推定することができた。近年、花粉特異的に発現しているF-box遺伝子がS遺伝子座に発見され、花粉側因子である可能性が強く示唆されている。しかし、F-boxタンパク質がS-RNaseと相互作用する直接的な証拠はなく、F-boxタンパク質が関与するユビキチン・プロテアソーム系が配偶体型自家不和合性の本質である証拠も未だ示されていない。そこで、精製したS-RNaseを用いたハンギングドロップ法により再現性よく花粉管伸長阻害が起こるin vitro実験系を構築した。次に、この実験系を用いて花粉管伸長阻害時に特異的に発現しているタンパク質およびS-RNaseの構造変化を解析した。その結果、花粉管伸長阻害時に特異的に発現している13種類のタンパク質が検出されたが、F-boxタンパク質は検出されなかった。上記の実験において花粉管内に取り込まれたS-RNaseは何らかの修飾を受け、複数のS-RNaseスポットとして二次元電気泳動ゲル上に検出された。また、S-RNase添加から12時間後には花粉管内に取り込まれたS-RNaseがすべて分解されていた。さらに、S-RNaseの代わりにRNase T2やRNase Aを添加しても、S-RNaseに見られるようなRNase自身の分解は観察されなかった。以上の結果は、S-RNaseを積極的に修飾・分解するシステムが花粉管内に存在していることを示唆している。
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