本研究では、光受容イエロー蛋白質の光反応過程の諸性質を計算化学的手法を用いて原子・電子レベルで明らかにした。(1)発色団を取り囲む蛋白部位の電子分極効果を明示的に考慮可能な吸収波長計算の量子化学理論を定式化し、イエロー蛋白質およびレチナール蛋白質に適用した。その結果、発色団の波長を可視光域へシフトさせる主要因の一つは、蛋白質の電子分極応答であり、活性中心での量子的過程は、蛋白質部位の電子分極によりチューニングされていることが判明した。(2)水溶液中における基底状態、L中間体及びM中間体(シグナル伝達状態)に対する分子動力学計算に基づいて蛋白質の大域的な運動モードを解析した。その結果、シグナル伝達on状態であるM中間体では、蛋白質全体を二分する蝶つがい運動が生じていることが判明した。このモードはシグナル伝達off状態の光吸収前(基底状態)やL中間体では見いだされなかった。この蝶つがい運動は発色団の結合部位を起点に起こっており、シグナル伝達のトランスデューシンとの相互作用に都合のよい運動であると推定された。つまり、光吸収により誘起された発色団の局所的構造変化(刺激)が蛋白質全体の運動モードを変化させた(応答)ことが判明した。(3)古典近似を導入せずに完全に量子化学的に、蛋白質の三次構造から発色団や解離性アミノ酸残基のpKaを評価する計算手法を開発した。これを用いて、バクテリオロドプシンにおける光駆動プロトン移動初期過程の分子機構を解明した。
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