酸素センサータンパク質FixLは、マメ科植物の根に根粒を形成する根粒菌中に存在し、周囲の酸素濃度を感知し、窒素固定酵素の合成を遺伝子レベルで調節するヘムタンパク質である。FixLはヘム結合ドメインとキナーゼドメインから成り、前者は酸素濃度を感知し、後者はATPからリン酸基を受け取りレギュレータータンパク質FixJをリン酸化する。周囲の酸素濃度が高いときには、ヘム鉄に酸素が結合し、キナーゼ活性を示さない。しかし、酸素濃度が低下すると、ヘム鉄から酸素が解離し、キナーゼ活性が上昇し、FixJのリン酸化を通して窒素固定遺伝子が活性化される。本年度は、酸素濃度の変動という環境情報が最終的に窒素固定酵素の合成にまで伝わるプロセスの「かなめ」の位置にある酸素センサータンパク質FixLに着目し、その分子内情報伝達機構の解明を目的として以下の研究成果を得た。 1.FixLにおけるリガンド結合反応の精密解析:酸素センサー部位であるFixLのヘム鉄に対する各種リガンドの親和性を自記分光光度計で精密に測定し、他のヘムタンパク質ヘモグロビン、ミオグロビンと詳細に比較検討した。 2.スピン状態とキナーゼ活性との相関性の再検討:FixLのヘム鉄が高スピン状態からリガンド結合型の低スピン状態へ変化するとキナーゼ活性が発現するとの説に反し、CO結合型(低スピン状態)でもキナーゼ活性が発現することを見いだした。 3.分子内情報伝達に必須のアミノ酸の同定:遺伝子工学的手法により、ヘム鉄近傍に位置するアミノ酸をランダムに置換した試料に自己リン酸化活性測定法、電子スペクトル法、レーザーラマン分光法を適用し、N末端から209、210番目のイソロイシン(疎水性側鎖を持つアミノ酸)が分子内情報伝達に必須であることを見いだした。
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