研究概要 |
申請者らは海馬神経細胞に特徴的に発現するカルシウム結合タンパク質:ヒポカルシン(HIP)を同定し、遺伝子欠損(-/-)マウスを作製して学習・記憶能力の解析を行っている。HIP欠損マウスでは形態学的変化は認められず、電気生理学的応答にも高頻度刺激から1時間以内の海馬でのLTP誘導には影響は認められない。行動科学的には空間記憶の獲得には影響は認められないが、モリス水迷路と光刺激位置弁別において空間記憶の保持に障害が認められることから、ヒポカルシンが核への情報伝達を制御することで,LTPの維持過程に関与している可能性が強く示唆される。本研究では,海馬神経細胞内での核への情報伝達機構におけるヒポカルシンの役割を明らかとする目的で,核への情報伝達系の終結部に位置し,遺伝子の発現を直接制御しているcyclic-nucleotide responsive element-binding protein(CREB)活性、およびCREBの上流の制御経路であるMAP kinase活性を指標に,グルタミン酸受容体刺激および電位依存性カルシウムチャネル刺激に対するヒポカルシンの機能を解析した。海馬スライスを用いた解析では、NMDA刺激によるCA1錐体細胞の核でのCREB活性化、KCl刺激によるCA1~CA3錐体細胞および顆粒細胞でのCREB活性化の程度が著しく低下していた。いずれも、CREBの活性化は細胞外カルシウムおよびMEK阻害剤に感受性を示し、細胞外からのカルシウム流入を介したERK経路の制御を受けていると考えられた。さらに、HIP欠損マウスではNMDA、KCl、イオノマイシンによるERK活性化の低下が認められた。細胞外カルシウムをキレートした場合、NMDAおよびKCl刺激によるCREB活性化は阻害された。APV、MK801存在下でNMDA刺激した場合、およびカドミウム、Nimodipine存在下でKCl刺激した場合にCREB活性化はコントロール群とHIP欠損マウス群ともに抑制され、両者の間に差は認められなかった。また、PD98059の存在下では、いずれの刺激でもCREBの活性化が抑制され、両群で差は認められなかった。以上の結果から、カルシウム情報がERK経路とCREBを介して遺伝子発現系に伝達される機構が学習・記憶形成過程の一端を担い、この制御機構にヒポカルシンが関与していることが示唆された。
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