今回の研究で、海馬に存在する3種類の抑制性ニューロンのシナプス可塑性について調べた。実験には4週から6週齢のラットの海馬スライス標本(400μm)を用いた。海馬スライスを正立顕微鏡にセットされた記録用チャンバーに載せる。赤外線カメラで観察しながら、スライス表面から約100ミクロンの深さで多形細胞層、放線層あるいは網状-分子層に散在する介在ニューロンから膜電流固定法で電位を記録する。次に、この電極を保持しながら錐体細胞からホールセル記録電極で膜電位固定法(V_H=-50mV)により電流を記録する。二つのニューロンからの同時記録ができた状態で、介在ニューロンに閾上の脱分極通電を行うと活動電位が発生し、この電位に対応して錐体細胞には外向き電流が発生する。これは、GABA_A受容体の阻害剤剤であるピクロトキシンで完全にブロックされることから、この介在ニューロンは抑制性ニューロンであると同定し、シナプス可塑性の実験に移行した。このようにして抑制性ニューロンが同定できる組み合わせは、全記録の約10分の1の程度であった。Schaffer側枝に電気刺激を加えると、抑制性ニューロンに興奮性シナプス後電位(EPSP)が記録された。このニューロンに脱分極刺激とシナプス刺激を組み合わせて与えると、多形細胞層では約10%、放線層では約70%、網状-分子層では約50%のニューロンで長期増強が認められた。この結果は、抑制性ニューロンにもシナプス可塑性が起こりうるが示された。しかしながら、位置する抑制性ニューロンの種別で可塑性の発生確率が異なっていることを示している。この結果は、各々の抑制性ニューロンが錐体細胞にシナプス結合する部位が異なっているという事実と考え併せると、興奮性ニューロンの機能調節としての抑制機構の役割が一様ではないことが示唆される。現在、この点を明らかにするために抑制性ニューロンに長期増強が起こったときに、Schaffer-CA1シナプスの信号伝達がどうのように変化を受けるのか、そして異なる部位の抑制性ニューロン間でその修飾の違いがあるかについて実験を継続している。また、この3種類の抑制性ニューロンのシナプスには長期抑圧が誘導されるかを検討する予定である。
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