エムラミノウミウシ(以下ウミウシ)は学習・記憶の神経機構を研究するためのモデル動物としてよく知られている。ウミウシは光と振動刺激を組にして3日間条件付けすると、その後、光呈示により振動に対する応答を示す。このときウミウシでは光受容器であるB型視細胞に生理学的、生化学的な変化が生じ、さらには細胞の形態にも変化が生じる。すなわち、B型視細胞の軸索終末が狭小化し、あたかも機能していないシナプスが刈り込まれたかのような形態となる。またウミウシの中枢神経系だけを摘出した標本に対して、刺激を組にして与えても、動物個体に対して条件付けたのと同じ生理学的な変化が生じる。これは光と振動を受容する感覚器が摘出中枢神経系に備わっているというウミウシの身体的特徴によっており、個体レベルの条件付けと同じ自然刺激で摘出標本に対しても条件付けができるウミウシ独自の特徴となっている。そこで摘出した単離脳標本に時間的に組み合わせた光と振動刺激を呈示してどのような時間経過で構造変化が起こるかを検討した。 視細胞軸索終末の形態変化を動的に観察するため細胞標識用蛍光色素を、より量子効率の高いAlexa色素を用いることにより、固定、脱水などの処理をせずに生きた状態で観察可能となった。このようにしてB型視細胞の軸索終末を共焦点顕微鏡で観察し、かなり短時間で刈り込み現象が起こることを見出した。これまでの報告によれば、ウミウシの学習獲得に際して細胞内のCa^<2+>濃度が上昇し、これを引き金としてタンパク質のリン酸化が亢進するという仮説において、リアノジン受容体の活性化がCa^<2+>上昇をもたらすといわれてきた。そこでリアノジン受容体の拮抗剤であるダントロレン存在下で単離脳学習をしてB型視細胞に形態変化が起こるかを検討した。その結果これまでの仮説を裏付けるように、ダントロレン存在下では視細胞の軸索終末に刈り込みは観察されなかった。
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