我々は小脳の長期抑圧(long-term depression、LTD)を神経可塑性のモデルとして用い、その分子機構を解析した。多くの分子が小脳LTDの惹起に関与するが、この研究ではLTD惹起に必須の役割を果たすNO(一酸化窒素)に着目し、NOにより開始される情報伝達系の構成因子について詳細に解析した。 NO-cGMP-PKG(cGMP-dependent protein kinase)の下流の因子として、プルキンエ細胞に特異的なPKG基質G-substrateの分子クローンニング及びその特徴付けを行った。ヒト、マウス、ラットのG-substrate cDNAを単離し、大量発現系を確立し、さらに抗体を作成した。また、マウスG-substrate遺伝子の構造を決定した。G-substrateのmRNA及びタンパク質は小脳プルキンエ細胞に特異的に発現し、G-substrateタンパク質はプルキンエ細胞体のみならず、樹上突起にも観察された。PKGによりリン酸化されたG-substrateはプロテインホスファターゼ-1および-2Aの強力かつ特異的な阻害剤であった。また、G-substrate遺伝子欠損マウスを作出し、基礎的解析を行った。遺伝子をホモに欠損したマウスの生殖機能、体重、体型など見かけ上は正常であった。しかし、小脳切片のLTDが観察されなかった。このことはプロテインホスファターゼ阻害剤として作用するG-substrateがLTD惹起に重要な役割りを果たすことを示唆している。今後、小脳依存性の学習、LTD依存性の学習におけるG-substrate遺伝子欠損の影響を解析することで、G-Substrateの神経可塑性、そして、記憶学習機構における生理的役割を明らかにすることができる。
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