思考における情報処理は、神経系による柔軟な情報表現と、表現される情報の動的で合目的的な変化に特徴がある。思考に深く関わる前頭連合野においては、異なるモダリティーの情報が様々に重複した形で時空間的に表現されると同時に、場面や状況に応じて動的にその表現を変化させていくことにより、情報処理が進んでゆくと考えられる。本研究では、視覚刺激が提示された位置へ3秒の遅延後に眼球運動をする課題(課題1)と、90度時計回り方向へ眼球運動をする課題(課題2)をサルに行なわせ、前頭連合野より単一ニューロン活動を記録し、分析した。課題2では視覚が提示される位置と眼球運動の方向が異なるため、遅延期間中に視覚情報から運動情報への変換が必要である。視覚情報から運動情報への変換プロセスを情報処理過程のモデルととらえ、その間にニューロン群が表現する情報をポピュレーション・ベクトル(PV)を用いて表現した。その結果、視覚刺激提示期間および眼球運動時のPVは、それぞれ視覚刺激の提示方向、眼球運動方向を向くことから、PVにより前頭連合野のニューロン群が表現する情報を表示できることがわかった。また、両課題の1試行を250msごとの区間に区切り、その間のニューロン群の活動をPVで表示し、課題の時間経過によりニューロン群によって表現される情報がどのように変化するかを検討した。その結果、課題2では、遅延期間の前半にはPVは視覚刺激の提示方向を向いているが、後半にはPVが視覚刺激の提示方向から眼球運動方向へゆっくりと回転するのが観察された。このことは、遅延期間の後半に、視覚情報から運動情報への変換が、前頭連合野のニューロン群によりゆっくりと行なわれることを示している。 このように、PVを用いることによりニューロン集団によって遂行されている情報処理過程を可視化できることが明らかになった。今後は、どのような仕組によりPVの変化が生じるのかを明らかにしていきたい。
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