哺乳類大脳皮質一次視覚野の片眼遮蔽による可塑的変化は発達脳の可塑性のモデルとして数多くの研究がなされており、神経活動そのものに依存した競合メカニズムが考えられている。すなわち、両眼からの入力線維が視覚野ニューロンとのシナプス結合をめぐって互いに競合し、より活動の弱い遮蔽眼由来の入力線維がシナプス結合を維持できずに退縮するという仮説である。この仮説では、2つの入力線維の相対的な活動強度の差によって、どちらの入力が維持されるかが決定される。 この「シナプス競合仮説」は、様々な種類の視覚遮断により、入力線維活動を弱くする実験によって支持されてきた。この仮説が正しいならば、一方の入力線維の活動を弱くする替わりに、人為的に強くしてやっても、視覚遮断のように可塑的変化は観察されるはずである。もしそうならなければ、これまで報告されてきた視覚遮断の影響は、シナプス競合によるものではなく、入力線維の活動低下による退縮を反映したものと解釈される。このような「片眼刺激」実験はシナプス競合仮説が成立するための基本的な検証であるにもかかわらず、これまで報告されてこなかった。そこで本研究では、電気刺激を一方の視神経に直接与えることで「片眼刺激」とし、実際に眼優位性の可塑性を誘発することができるかどうかを検討した。 生後4-5週の仔ネコを用い、両側の視神経束上に刺激電極を慢性的に留置した。さらに第一次視覚野及び外側膝状体に集合電位記録用の電極を慢性的に留置した。麻酔から覚醒後、シナプス長期増強を起こす刺激として知られているθバースト状の高頻度刺激を片側の視神経に約2日間慢性的に与えた。この間、動物は覚醒、非拘束で、摂食や飲水は自由である。慢性電気刺激終了後、視覚野ニューロンの光反応性を電気生理学的に調べ、眼優位性などの受容野特性の変化を調べた。その結果、実験に用いた7匹の動物全てにおいて、視覚野ニューロンは慢性電気刺激を与えた側の眼に対する光刺激により強く反応する傾向が見られた。方位選択性や受容野の大きさなどには、刺激側、非刺激側の間に有意な差は認められなかった。 これらの結果は、外部より与えた電気刺激による入力線維の活動の不均衡のみで、眼優位性の可塑性を誘発することができることを示している。
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