研究期間前半は、肺の伸展受容器からの求心情報を中継する2種の孤束核ニューロンの相互関連に関し諸性質を明らかにした。それらは、遅順応型受容器入力を受けるPumpニューロンと速順応型受容器入力を受けるRARニューロンである。前者から後者への抑制性結合を立証したことが特筆すべき成果である。これは、1、重要な呼吸反射であるHering-Breuer反射を担うPumpニューロンに抑制性のものがあること、2、Pumpニューロンの系とRARニューロンの系が独立ではなく共同して働いていること、3、特にRARニューロンは肺伸展時に賦活されても孤束核で抑制され情報を中枢に伝え得ないこと、を意味する。これにより、肺伸展受容器由来呼吸反射に関与する基本的ニューロン回路の理解が大きく進んだ。 研究期間後半は、呼吸リズム生成のニューロン回路のなかで中心的働きをする2種の抑制性ニューロンの機能形態学的解析を行った。第一は漸増型呼息性(E-AUG)ニューロンである。これらはBotzinger complexという領域に位置し、吸息性ニューロンを広範囲に抑制することにより呼息相の維持に寄与している。単一ニューロンをニューロビオチン染色し全体像を調べたところ、橋の呼吸関連領域や延髄背側の網様体といった全く知られていなかった投射が発見された。第二は漸減型呼息性(E-DEC)ニューロンである。これらがBotzinger complexから尾側延髄にかけて広範囲に分布していることを見出した。特に尾側延髄のE-DECニューロンは、呼吸調節上これまで看過されてきたが、延髄内に広範囲な軸索投射を行っていることが判明した。これらが呼吸と咳・嚥下・発声等の運動との協調運動に重要な地位を占めている示唆も得られた。本研究により、基本的抑制性ニューロンであるE-AUGとE-DECニューロンの新たな軸索投射が調べられ、呼吸中枢のネットワークの理解がさらに進展した。
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