本年度は、19世紀から20世紀にかけての視覚空間論を検討するための準備段階として、人間の感覚のモダリティに関する研究を振り返り、そうした研究との関連において現象学が果たした役割を点検するという作業を行なった。具体的には、まず、J・ミュラーの「特殊神経エネルギー説」の検討を行なった。ミュラーの感覚論はヘルムホルツの知覚論や生態学的な知覚論の基礎をなしているという意味で重要だからである。次に、このミュラーの説を動物の生活空間に適用し、それを「環境世界(Umwelt)」として解明したフォン・ユクスキュルの環境世界論の特徴を確認した。さらに、ユクスキュルから強い影響を受けたM・シェーラー、M・ハイデガーといった現象学者の空間(世界)論の内実を、ユクスキュルの理論と対照することによって、その現実的な意味を解明することを試みた。こうした分析は、現象学と心理学・生理学における視覚空間論の比較研究のための前提となる。したがって、本年度の研究においては、世紀の転換期に登場した現象学運動が、前世紀の生理学や心理学からどのような影響を受け、それを乗り越えようとしたか、その経過を明らかにすることに重点が置かれた。
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