本研究の目的は、清末思想史の解明にある。そのため本文部省科学研究費補助金を利用し、東京(数度)や香港での資料調査にあたり、以下の諸論文の作成にあたった。 従来、清末思想史は様々な描かれ方をしてきた。そのなかでもっとも影響力が大きかったのが、小野川秀美氏の提示した「洋務」「変法」「革命」の三つの発展段階論であろう。小野川氏の議論は堅実な実証を基盤としたもので非常に説得力をもったものであり、私としてもそのようなアプローチを否定するものではないのだが、これとは別の角度から清末思想史に取り組みたいとの意図をもっている。その具体的な成果は今年度に発表した諸論文にあらわれている。「清末の「富強」をめぐって」(『中国哲学研究』第14号)は「富強」という概念をめぐるもの。「富強」は近代以来の中国の知識人の究極の価値とでもいうべきものである。しかし意外にも「重農軽商」の伝統思想とは齟齬を来すものであり、「富強」の追求を正当化するには多くの思想的な格闘が必要であった。「清末「洋務」考」(『中国文化論叢』第9号)は「洋務」という概念について扱った。清末思想史を分析する際に現れる概念一般に言えることで、「洋務」にもあてはまるのだが、現代の学者が歴史的な分析概念として用いた概念と当時の知識人が用いた概念は混同して用いられる傾向が強い。「洋務」は清末当時も用いられた概念だが、現代の学者の用いる「洋務」とは一定のズレが存在する。そこで「洋務」の語をめぐって概念整理を行った。「清末「革命」考」(『現代中国研究』第8号)でも同様の問題関心から二○世紀初頭の「革命」の語の用いられ方を分析した。とりわけ「革命」は「革命」史観の影響からか政治的なバイアスを濃厚に帯びた理解にとらわれがちであり、そのため歴史の実相が見えにくくなっている。以上、「富強」「洋務」「革命」とあわせ、二○○○年三月に東京大学に提出した博士論文「清末思想史の基礎概念の研究」では「伝統」「変法」「議院」「教育」「中体西用」など清末思想史を理解するうえで不可欠な諸概念に分析を加えた。平成13年度には以上のような問題関心を継続しながら、清末の知識人の「西洋」理解について探求を深めたいと考える。いうまでもなく「西洋」は清末の知識人の思索、例えば「議院」「立憲」「学校」論の展開に大きな影響を与えた。今夏、ロンドンでの資料調査を予定している。
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