平成12年度の研究計画は中国山東省泰山で現地調査を行い、実地調査から分かる泰山の聖なる山の特徴と関連する文献の収集をすることにあった。まず7月に泰山を麓から徒歩で登り、山頂に宿泊し、多くの中国人の登拝者と同様に頂上で日の出を見た。実地調査から聖なる山としての泰山には太陽信仰・死者の国としての山岳信仰があり、また泰山の脇にある水源としての王母池も泰山の聖性を特色付ける一要素であることが分かった。また泰山と古代都市との関係を考察するために泰山で封禅が行われた秦・漢および唐の都が位置していた今日の西安で9月に実地調査も行った。 歴史的には泰山は五嶽制度が確定される以前から中国東北地方の中心的な霊山であり、司馬遷『史記』によれば孔子の時代から泰山は封禅と結びついていた。また紀元前5世紀頃に成立されたとされる『山海経』は泰山と深く結びついている。中国の主要な神々は崑崙山である泰山で誕生したとされる。また泰山は中国平野部で最も東に位置し、扶桑という字と関係があり、日の出と関係があった。秦・漢代の都は西嶽である華山の近くに位置していたが、華山では封禅はまったく行われていなかったことから、五嶽の中でも泰山は特別の位置をしめていたことが明らかになった。また泰山に関する研究は多くなされており、大著である『泰山大全』という著作を初め、関連図書を中国で購入した。 現在の泰山には道教寺院があり、娘娘信仰が表層を覆っている。しかし泰山の歴史を考察すると死者の山がその底辺にあり、その上に神仙思想が生まれ、仏教が入り、後に道教が入ってきた。泰山と日本の宗教史との知られざる関係も明らかになった。特に日本の陰陽道には泰山府君信仰が入り、第一の祭神であった。また密教の曼茶羅にも泰山府君が描かれており、日本への影響も考えられる。
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