当研究は、人間存在の基盤という理論的な議論を展開し、現代の倫理学、政治哲学の諸理論に検討を加えるとともに、この理論を現代における具体的な問題に接続していくことを試みる。まず第一に、媒介性概念を提示することで、共同体主義者の共同体概念がはらむ問題を克服するとともに、従来の徳倫理学にかわる、あるべき共存の様式を考察する。また同時に、この媒介性概念は、倫理や政治の基盤をコミュニケーション的に基礎づけようとする試み(ハーバーマス、アーペル、ローティ)の問題点(例えば討議がはらむイデオロギー性)を指摘し、これを補完するものでもある。そして第二に、この理論的成果は現代の応用倫理学の議論に対して一つの基盤を提供することができる。応用倫理学は現代の具体的な問題状況から出発するため「近代」において自明と見なされている概念を前提としがちであるが、当研究は概念史的研究を導入することで「近代」を相対化しつつ、人間存在を担い支えるエートスを考察しなおし、その基盤から現代的な問題にアプローチしなおす。具体的には、多文化主義、ジェンダー論、ボランティア論といった諸問題において、媒介性の概念が有効であることを示す。
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