本年度は、福祉国家以降の時代において、一方で人間が断片的な情報として掌握され、他方で多様な側面について市場価値を測られることを、新たな保険商品を通じて検討した。 福祉国家における社会保険制度は、個人の生活を保障するという目的を第一にしていたため、条件が異なる人々に一律の保険料や保険条件を与える傾向にあった。それによって、健康で豊かな人々が、そうでない人々を支えるという相互扶助の原則が、保険制度全体を大きく規定してきた。これに対して、保険事業の民間委譲と自由化によって一般化したのは、一人一人の保険契約者について細かな情報を集め、その人のどのような要素がどの程度のリスクに値するかを評価するという方法である。急成長中の一年組み立て保険などの定期保険においては、一方で被保険者の健康情報は項目ごとに分けられ、異常性の度合いが数値として評定され、保険引き受けの条件に細かく反映される。割安な保険料をうたう商品の多くが、実は個人個人に「適切な」保険料を割増して設定することによって、予想不能のリスクや支払い過剰をあらかじめ防ぐことで成り立っているのである。 一人の人間について、その生活を社会連帯を通じて生涯にわたって保障するという社会保障の理念は姿を消し、ある特定の時期に特定の状態・条件にある人間を、保険会社が関心を持つ(当該保険商品にとってリスク対象となる)要素だけを取り出して評価し、価格をつけるのが一般的になっている。ここでは、一方である人間の持つ性質や属性は断片化され、要素に分けられると同時に、市場価値という側面から多様に評価されることになる。 保険における価格づけ、ランクづけの問題は、アメリカでは遺伝情報による差別として、プライヴァシー権との関連で法廷闘争に持ち込まれてきた。しかしこの問題は、むしろ、社会連帯の崩壊と保険の市場化の是非の問題として取り上げられるべきである。
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