研究概要 |
本研究の目的は,初期グローバル化状況の衝撃を受けて激変したラテンアメリカ社会のうち,とりわけアルゼンチンを中心に,グローバル化状況のもとでの文化政治の出現ならびに変容と,都市空間での文化運動における複合的アイデンティティ形成の諸相を明らかにすることにある。本年は主に以下の2点を中心に行った。(1)人種主義的イデオロギーと結びついていた『精神医学・犯罪学・関係諸学紀要』を,当該研究者が従来行ってきた社会管理の側面からではなく,文化主義的イデオロギーの側面から再分析すること。(2)文化主義的イデオロギーの受容形態を把握するにあたって,「国民文学」の制度化とその普及の範囲を明らかにすること。 (1)について:日本では残念ながら当該雑誌のコピーを新たに入手しえず,収集済みのものを手がかりに分析。限られた資料の読解ではあったが,20世紀初頭以降の文化主義的イデオロギーが,当時の社会管理システムのなかで〈規範外的存在〉と定義されたセクシュアリティのありかたと,極めて密接な関連性があることがわかってきた。おそらくそれは20世紀のポピュリズム政治の言説と深くかかわっていると思われる。 (2)について:当初は「国民文学」の出版部数や叢書プロジェクトの統計的データの量的分析からアプローチを目指したが,それ以前にまず出版活動を推進し支えた文化主義的イデオロギーの分析が必要と判明。そこでアルゼンチン民俗学の出現に深くかかわった「国民文学論争」を検討し,論争のなかで何が「正統性」として位置づけられ何が排除されてきたかを分析。正統と非正統の弁別は,都市空間における日常言語の急激な変容と関係していることが明らかになってきた。今後は「国民文学」の制度化と都市日常言語の関係性を明らかにしていく。
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