カラヴァッジオの作品を反宗教改革期の文化の中で捉えるため、カラヴァッジオ作品に頻出する「オランス(祈祷者)」の身振りについて考察した。カタコンベの発掘やキリスト教考古学の成立、初期教会史の編纂など、16世紀末のローマでは、オラトリオ会を中心に初期キリスト教文化が復興したが、こうした風潮のうちに、初期キリスト教会での主要な祈りの形態であったこの身振りが見直された。この身振りは、カラヴァッジオだけでなく、オラトリオ会に人気のあったフェデリコ・バロッチ・やアンニーバレ・カラッチの当時の作品にも、またサント・ステファノ・ロトンド聖堂などのイエズス会の殉教図サイクルにも見られ、一種の流行となっていたと考えうる。カラヴァッジオの場合、オラトリオ会のために制作した《キリストの埋葬》だけでなく、《聖マタイの殉教》から《聖パウロの改宗》、《エマウスの夕食》、《ラザロの復活》にいたるまで、生涯にわたる作品にこの身振りが登場するのだが、作品の主題解釈と関連するものと思われる。つまり、カラヴァッジオ作品におけるオランス型の身振りは、単に祈りを示すものではなく、この身振りの本来持っていた磔刑の意味を喚起し、受難と救済を暗示して作品の主題に深みを与えると考えられるのである。自然主義的とされてきたカラヴァッジオ作品のうちに、こうした反宗教改革期特有の身振りが頻出し、それが説話表現だけでなく象徴的な役割をはたしていることがあきらかとなった。 今後は、この成果を発展させて、カラヴァッジオ作品における重要なテーマである改宗と幻視(ヴィジョン)について、反宗教改革期や中世の神学思想や当時の宗教画などと関連付けて考察し、画面の写実性や世俗性をそれによって意味付け、カラヴァッジオの宗教画の主題的な本質について考察していきたい。
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