昨年度は、カラヴァッジオ作品に見られる身振りについて、とくに両手を広げるいわゆる「オランス型」の身振りが初期キリスト教美術や当時の殉教図サイクルからの形態的・意味的影響を反映していることを実証して、論文「カラヴァッジオの身振り-表出から象徴へ」にまとめた。本年度は、カラヴァッジオ作品の重要なテーマである幻視(ヴィジョン)について、反宗教改革期や中世の神学思想や当時の宗教画などと関連付け、カラヴァッジオ様式の写実性や世俗性をそれによって説明し、論文「幻視のリアリズム-カラヴァッジョの宗教画」にまとめた。それによって、カラヴァッジオの宗教画の本質について従来と異なる視点から考察することができた。従来、モレットやモローニ、カンピなどロンバルディアのプレ・カラヴァッジェスキの影響から説明されてきた幻視表現が、実はローマにおける初期キリスト教の古刹復興の気運とその殉教図サイクルの壁画から触発された要素があることを、カラヴァッジオの《聖ルチアの埋葬》などを例として実証することができた。 また、昨年末から本年初頭にかけて日本で初めてのカラヴァッジオ展が開催されたが、この展覧会のカタログに監修として関わる機会を得た。《エマオの晩餐》や《祈る聖フランチェスコ》、《法悦のマグダラのマリア》など、展覧会に来た作品のいくつかは上記のような特質をもっており、後半生のカラヴァッジオに顕著となった初期キリスト教美術的な真摯な宗教性を示すものであり、カタログ論文「カラヴァッジョの闇」で、カラヴァッジオ研究につきまとう作品帰属の問題とともに、そのことをさらに詳しく掘り下げることができた。
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