研究概要 |
私たちは,本来的に移動・運動しながら外界を観察している.したがって,網膜像には,外界対象の運動や構造に起因する運動成分のみならず,自己運動に起因する運動成分も含まれている.そして,視覚処理系は,これらが非選択的に混在している網膜運動画像から,対象の構造・奥行き,そして自己運動を正しく分解し,知覚を生じさせている.このような光流動の分解知覚を担う処理が,脳内でどのように行われているかを構造化して理解することを研究目的とする.そのためには,それぞれの処理が,どのような処理の水準で行われているのかを明らかにする必要がある.特に視覚性自己運動知覚と視覚性姿勢制御を中心にし,これらの処理がどの水準で行われているのか,運動からの構造知覚や対象運動それ自体の知覚などの処理と比較して,どちらが優先的に処理されるのかを明らかにすることを目指す. これまで,輝度の一次統計量からなる低次運動成分は自己運動知覚にも姿勢制御にも貢献することが報告されているが,輝度の二次統計量からなる運動成分に関しては,自己運動知覚に貢献するという知見がある一方,姿勢制御にはあまり貢献しないと言う報告がある.本研究では,さらに高次な注意トラッキングによる運動成分が,姿勢制御に貢献するかを検討した.具体的には,輝度の時間分布としては左右どちらの運動方向成分も有する正弦波状グレーティングの位相反転刺激を被験者に提示し,注意によってトラックすることで左右いずれかの運動を知覚した.視覚刺激の観察と同時に被験者の重心動揺を測定した結果,視覚刺激は物理的に同一であるにも関わらず,注意を左右どちらに向けてトラックするかによって,重心動揺の方向が異なり,注意トラッキングによって知覚した運動方向と同方向に姿勢が傾いた.このことから,視覚からの姿勢制御に注意トラッキングによる高次な運動知覚処理が貢献していることが示唆された.
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