研究概要 |
平成12年度は,脳画像研究を行なうに先立ち,前頭葉損傷患者を対象とした神経心理学的アプローチによる虚再認(false recognition)の研究を行なった.虚再認とは,実際には経験していない事象に対して,誤って「経験した」と判断してしまう現象を意味する.虚再認自体は日常的に誰しもがある程度経験することであるが,それほどに頻繁に起こらないのは,我々がかなり高度な情報処理を行なっているためであると考えられる.そして,虚再認課題で要求されるような情報処理は,前頭葉眼窩部と深く関連している可能性が高い. 本年度の実験で具体的に用いた課題は,Roediger & McDermott(1995,JEP:LMC)の考案した虚再認パラダイムの修正版である.このパラダイムでは,まず意味的に関連する十数語からなる単語リストを数多く用意し,それらのすべてを覚えるように被験者に教示し,学習させる(例:バター,トースト,コーヒー,ミルク,テーブル).次いで,被験者に再認課題を行なわせる.その際,学習段階で提示した単語(例:バター)に加え,意味的に類似する単語(例:パン)を含め,被験者の再認反応を詳細に検討する.実験の結果,前頭葉眼窩部損傷患者は健常者とは異なる反応傾向を示し,適切な文脈に基づいて,過去のエピソードを正確に想起することができないことが明らかになった. これらの研究結果から,本研究で用いた虚再認課題において正しく反応するためには,1)テスト段階で提示された単語の文脈とその親近性(familiarity)を正しく判断し,2)提示された単語が実際に学習リストの中にあったかどうかを正しく想起すること(recollection)が必要とされることが明らかになった.本研究の結果は,前頭葉眼窩部の損傷に伴い,これらの機能に困難が生じていることを示している.
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