過去の出来事を「事実」として確定する営為、すなわち事実の構成の際に用いられる、語りの形式を同定するためにデータを採取した。二人一組の被験者に対して、共通に体験した出来事がどのようなものであったか、意見の一致をみるまで語るよう教示した。会話はテープ録音された。同時に、会話中の手ぶりなどの行為をメモに記録した。6組12名から平均45分の会話を採取した。 一方が他方の発話を承認しつつ、前言に対して情報を付加している事態に注目して分類したところ、従来の研究(森 1994)で得られたものと同種の事態が26ケース生じていた。すなわち「重層的表現」と「因果対形成」である。前者は他者の発話内容に別の表現を与えるものである。擬音や擬態語の使用、直接話法による発話の引用、発話と手ぶりの同時発生など、対象のあり様をより知覚に近い形式で表現し直す語り口が散見された。後者は他者の発話内容の原因や根拠を付加するものである。行動や心的状態の原因となった物理的・精神的事態が語られたり、行動を合理的に説明する心理状態が述べられていた。前者は出来事が生起したときに与えられたはずの感覚的入力を会話の場面で再現することで、事実であることの信憑性を高めようとする営為である。後者は、出来事が生起した必然性を確保しようとする営為である。供述の信用性基準のうち、「重層的表現」は迫真性、臨場感、詳細さを、「因果対形成」は物語としてのできのよさ、一貫性をもたらすと推測される。 語りの形式についてはデータベースを拡大するため、データの採取と分析を継続している。また実際の体験の有無と語りの形式の関係についても、現在データの採取・分析中である。
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