本研究では、脳損傷に伴う言語障害者を対象として、彼らが構築するライフストーリーの特徴を、観察と面接を通じて仮説生成的に明らかにしていく。初年度は、福祉作業所と言語障害者のグループをフィールドに定め、日常的なコンテクストにおける言語障害をもつ人の行動と周りの人々との相互作用を中心に観察を行っていった。そのなかで、自分の障害にある程度折り合いをつけながら、活動の場を積極的に広げていると、作業所職員の方々の意見が一致するHさんほか若干名について、不定期的な面接と参加観察を継続中である。 Hさんは高知県出身の男性で現在50歳。5年前にモヤモヤ病によって非流暢型の失語症が発症し、現在に至る。発話は発病当初ほとんどできなかったにもかかわらず、今では喚語困難以外、日常会話に支障ない程度まで回復している。東京都区内に妻と3人の子供とともに住み、共同福祉作業所に週3回通う。再就職を希望しているが、現在のところはまだ成功していない。福祉センターでボランティアとして重度の失語症患者のケアをしたり、失語症者の自助グループを組織するなど積極的に活動している。Hさんのライフストーリーは、彼によれば、発病前と発病後で2つに分かれる。しかし、ストーリーの構成単位として反復されるパターンは発病前後において一定である。そのパターンの1つは「欲求/欲求不満 → 待つ・我慢する → 解決」であり、もう1つは「欲求/欲求不満 → 解決への働きかけ → 解決」である。こうしたパターンは彼の失語症に対する態度にも反映している。こうしたパターンは、ライフストーリー研究においてagencyのストーリーとして注目されているが、2つの違いについてはまだはっきりと特徴づけられていない。今後は、この2つのパターンの機能にも注目しながら、失語に対する折り合いの付け方がライフストーリーにどのように表象されているか分析を進めていく予定である。
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