阪神・淡路大震災(1995年)の体験が、いかなるプロセスを経て、記憶され伝達されるかについて、いくつかの実証的研究を基礎に検討した。具体的には、第1に、被災者が直接的な体験を語る試みとして、「語り部グループ117」(代表:長谷川忠-氏)の活動を1年間にわたって参与観察し、詳細なフィールドノートを作成した。第2に、演劇を通じた記憶伝達の試みとして、「劇団青い森」(代表:細見圭氏)の公演についても、現地調査、聞き取り調査を行い、フィクションという形式がもつ有効性について、実証的検討を試みた。第3に、震災後、各地に建てられたモニュメント(慰霊碑)をめぐって歩く試み「震災メモリアルウォーク」(世話人:堀内正美氏)をとりあげ、被災者相互、ないし、被災者と非被災者との交流、モニュメント等の物質的記憶が果たす役割などについて、実証的に検討した。また、重大事の社会的記憶に関して、異文化における比較対象物として、米国における第2次世界大戦の記憶をとりあげ、ハワイにおいて、予備的な観察と資料収集をも実施した。 これらの実証的研究を通じて、また、本研究の理論的基盤である社会構成主義、社会的表象理論、廣松認識論に立脚しつつ、被災体験の保存と伝達の形態を、「記憶」と「記録」の2つに分類・整理した。具体的には、第1に、両者は、それぞれ、廣松の言う「所与的契機-所識的契機の2重成態」を基盤とする体験者の原初的な体験様相から、所与的契機が物象化した形態(「記憶」)、もしくは、所識的契機が物象化した形態(「記録」)であること、第2に、上記実証的研究における試みはいずれも、より原初的な体験様相の保存・伝達を指向したものと位置づけうること-以上の2点を、当面の結論として導いた。
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