今年度は資料の収集とその読解が作業の中心であった。夏のアメリカでの資料収集では、主として第二次大戦末期から戦争直後にかけて「オーデル=ナイセ線」形成の外交レベルでの過程に関する文献を読んだ。また冬のドイツでの資料収集では、ベルリン国立図書館Staatsbibliothekの膨大なドイツ語資料を用いながら、(1)議会における東方領土問題に関する討議、(2)放逐民達の政治活動を中心としたドイツ国内での東方領土に関する政治や世論の動向、(3)1968年以後の「新東方政策」のインパクト、(4)1990年の「再統一」時における東方領土問題の理解のされ方等に関して調査した。また放逐民協会Bund der Vertriebenenの本部で、彼らの活動に関する資料の収集や役員へのインタビューを行い、彼らの東方領土に関する立場に関しての理解を深めた。 これらの調査の結果、第二次大戦後、ヒットラーの対外拡大以前のドイツ領(1937年時点)の四分の一にあたる東方領土を戦後のドイツが「忘却」したのは、放逐民協会が主張するような「民族の否定」や「放棄の政策Verzichtpolitik」といったネガティブな概念でのみ理解することには問題があるということがわかってきた。この東方領土の「放棄」は、ナチズムの影を背負った戦後のドイツが、「報復主義」への懐疑を払拭して周囲のヨーロッパ諸国の「信頼」を回復し、ヨーロッパにおける独自の存在感をアピールしようとする、きわめて戦後的なドイツのナショナリズムと表裏一体になっているということである。 来年度は、東方領土がいかに「否定」され「無視」されたのかを、主として社会民主党や自由民主党の主要な政治家の言論をたよりに解明していく。またこのようなドイツ政治と世論の動向に対して放逐民達はどのような主張を提示し、そこに将来のドイツおよびヨーロッパを考える際に無視することができない点が含まれているのではないか、という点に着目していきたい。
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