本研究において取り上げるのは、19世紀イギリスにおけるブルジョワ階級にとっての服装装飾の社会的意味である。自らは経済力を持たない女性や子供を「飾り立てられる対象」と見なすブルジョワ社会は、過去の服装装飾に対してどのようなイメージを抱いていたのだろうか。そしてそれは彼等の価値観とどう関わるのか。19世紀後半の児童文学書を中心に、そこに現れた服装描写を分析し、18世紀に実際に着用された衣服と比較することで、次のような研究成果を得た。19世紀後半に人気のあった児童文学作品には18世紀風の衣服を描いたものが多い。中にはベアトリクス・ポター作、『グロスターの仕立て屋』のように、実在のモデルを使用したものさえある。このような作品が現れ、また、世に広く受け入れられたのは、「古き良きイギリス」に対する強いノスタルジアのためである。都市化と工業化の進行に伴い、生活のテンポは増々はやくなっていったが、その反動として、産業革命以前の手仕事を基本とした職人の生活こそイギリスらしさの象徴、都会から隔絶された田舎こそ理想であるという考えが流行した。ポターをはじめとする当時人気の作家たちは、過去の時代の美しい衣服を登場人物に着せることで、都会人のこの憧れを見事に具象しているのである。その描写には当然フィクションが混ざっているが、だからこそ実物よりも一層優美で、誇るべきイギリスの服装装飾として評価し得た。しかもそれらの装飾は19世紀ブルジョワ階級が常に手本とした上流階級の品のよさを備えていた。ブルジョワたちにとって服装装飾は、彼等の現在の地位を示すだけでなく、歴史と伝統に培われた由緒正しき社会記号でもあることが19世紀後半の児童文学作品から明らかになった。
|