本年度は、2年間の研究期間のうちの1年目であり、書籍・論文や行政文書、さらには雑誌・新聞などに広く目を通し、「自己実現」に関する言説を収集することを出発点として、本研究にそぐう仮説を構築することが主たる目的である。今後の研究の骨組みにつながっていく可能性をもった知見として、特に意識するべき論点を三つ指摘できる。 まず第一に、1990年代以降特に「自己実現」という用語を人生目標として考える人が増えているということである。この社会的・歴史的背景として大きなものは、集団で目指すことができた社会的目標が曖昧となり、人生目標がより個人主義化し、まさに個人としての「自己」への関心へと内向化してきたことである。しかしながら、それにもかかわらず第二に、人生目標とする自己実現についての前提認識は、年長世代と若年世代とでは対照的であり、大きなズレが生じている。年長世代が「過去-現在-未来」という時間軸に沿って達成されるべき理念・理想として認識しがちなのに対して、若年世代は「いま、ここ」で何らかの必然性もしくは偶然性を伴って生じてくる「実感概念」として認識し、将来的な目標としては捉えない傾向にある。 三点目としては、自己実現という言葉は、特に現代女性にとって非常に高い価値が置かれがちなものだが、女性のライフスタイルの多様化に応じて、劇的なまでに意味合いを多様化させているということである。かつては、女性の自己実現とは、自身が働き社会参加することによって自ら獲得するというような能動的なイメージで捉えられがちだったが、たとえば子どもの社会的成功に「自分自身の自己実現を託す」というような受動的なイメージも増えてきているのである。
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