本年度は、2年間の研究期間のうちの2年目であり、1年目に得られた知見や仮説を元にして、本研究の目的にふさわしい形で焦点を絞り込むことである。特に、「教育目標」として提示される自己実現概念の諸様相をかなりの程度まで明らかにできた。 教育界で「自己実現」という用語が広がり始めた1970年代においては、ほぼ「人格の完成」と同義に近かった。1980年代において、教育分野以外の自己実現概念には、個人の楽しみというような享楽的なイメージが入ってきていたが、教育分野においては禁欲的なイメージがまだ強かった。だが、1990年代には、学習指導要領の大幅変更などを反映して、教育界においても自己実現イメージが求道者的イメージから解放され始め、たとえば「いきいきと自己実現する」というような表現で、必ずしも「人格の完成」を意味しなくなってきた。教育目標レベルの自己実現概念には微妙な変化が生じているとはいえ、この用語は比較的同じイメージを一貫させたものとして用い続けられている。 また、学校教育分野と社会教育分野(もしくは「狭義の生涯学習」分野)とで、自己実現の意味合いが相当に異なっていることも明らかにされた。前者のイメージはやはり「人格の完成」に近いのに対して、後者は「喜び」や「楽しさ」や「生きがい」などの個人的感情を尊重する傾向になっている。これは、学校教育と社会教育との統合が叫ばれる現在において、各々の教育目標に明確な違いがあることを再確認させてくれたとも言えよう。 さらに、福祉分野・労働分野などの他領域で用いられているところから読みとれる自己実現イメージと比べてみることにより、学校教育分野に特徴的に見られる自己実現観が顕著に見えてくる。つまり、教育的文脈における自己実現は、「人格の完成」という底流を常に意識して展開されてきた用語としての独自性を保持し続けているのである。
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